『詠歌』解説

 このたびは膝さにSS本『詠歌』を御手にとっていただき、まことにありがとうございます。一年ぶりの膝さに本!びっくり!

 さて、この『詠歌』について、少々長いが前提のお話。

 2019年1月〜2月にかけて、「かずはあつめ」というSSを不定期に書いていた。『万葉集』に収録されている歌をテーマに膝さにSSを書くという物で、タイトルの数字は歌の番号。後にこの内の何本かは『あめだまあつめ』の頒布の際、BOOSTしてくださった方々へのお礼として、『かずはあつめ』という折本になっている。

 今回の『詠歌』は、『かずはあつめ』をちゃんとした本にしたいと考え作成したもの。なので、本文中に歌の引用があり、SSタイトルは歌番号そのまま。『万葉集』は後の時代の和歌集に比べて、かなり直接的というか、ストレートというか、そういう歌が多い。土の匂いがする、と表現した人がいるくらい、生々しく、飾らない歌ばかりで、今回選んだ歌も、現代語訳を見ずともなんとなく意味が察せられるのではないかと思う。

 表紙の写真は空。夜が明けていくようなグラデーションが綺麗だったので、それにちなんで、SSの並びも季節+時間帯が変化するように調整している。夜の終わりから、夜の始めまで。春の終わりから、冬の入り口にかけて。膝丸が遠征に行って帰ってきて花見をして手紙のお返事を書いて宴会に出るという流れも微妙にできていて、書いた本人は笑っている。頑張って耐えて耐えて耐えたのに最終的に煽られてそれに乗っちゃう流れもついでにできていることに気付いて、なおさら笑う。忙しい男。


・1263

「暁だといって夜明けの烏は鳴くけれども、この峰の木末の上に、まだ百舌は囀りませんものを」

事後が好きです。

そういう性癖の暴露はともかく、事後であれ寝覚めであれ、何かを終えた時の充足感や一抹の寂しさというのは定期的に書きたくなる。甘えることを許される空気というのだろうか。普段は凛としている人が見せる甘えというのだろうか。相手がいるからこそ成立する空気、関係性というものが好き。

ようするに:イチャイチャする膝さにを書きたかった。


・560

「恋に苦しんで死んでしまった後はどうしようもない。生きている日々のために、私はあなたに逢いたいのだ」

ふとした瞬間に気付く差異は誰にでもあって、それは人間同士だって当然のように存在する。刀剣男士と審神者の差異というのはひどく大きなものだし、お互いを大切に思っていればこそ、その差はもっと大きくなる。

気付いてしまったら最後、別れの瞬間までそれに怯え続けることになる。ならば、気付かなければよかったのだろうか。そういう、刀さにを書く上でずっとついてまわる命題に少し触れた気分。

歌を見た瞬間、これは膝丸が走って審神者に会いに行く歌だな、と思ったので、そんな風にしてみた。そういうひたむきさが、彼にはあると思います。


・4074

「桜は今こそ花盛りだと人は言いますが、私は寂しい。あなたといっしょではないので」

この一冊を作るにあたり、レイアウトの都合上、どうしても本文を減らしたり増やしたりの作業が必要になった。その作業によって加筆された話その1。Twitter掲載版より少しだけ会話が増えている。

愛ってどんなものだろうと説明を試みると案外難しい。だが、このふたりにとっての愛とは、同じものを一緒に見たいとか、自分が良いと思ったものを相手に見せたいとか、そういう言葉に尽きるのかもしれない。


・630

「初々しい花は、今や散りそうになっているのに、人のうわさがうるさくて、ためらっているこの頃よ」

『かずはあつめ』に載せていたSSを修正して載せようと思ったら、ほぼ書き直しになった。のちの338にも通じるのだが、膝丸を耐える男にさせがち。

手を出そうとするたびに邪魔が入るかわいそうな男(邪魔してる方は邪魔している自覚があったりなかったり)。それでも余裕のあるふりをしているのだが、それはいつまで続くのか。先に審神者の方が我慢が利かなくなりそう。


・2959

「現実には便りまで通わなくなってしまった。せめて夢でだけでも、見えつづけてほしい。じかにお逢いするまで」

たまには普通のSSではないものを、と思い、お手紙にしてみた。老審神者の独白。最後の1ページは追加したもの。

許して欲しいというのなら、ちゃんと約束を果たしにきてくださいという遠回しのお願いの手紙でもある。それに対する返事はご覧の通り。この膝丸は、もしかしたら、天寿を全うするまで待とうとしていたのかもしれないが、はたして。


・338

「考えても仕方ない物思いをしないで、一杯の濁り酒を飲むのがよいらしい」

耐える男、再び。

みんな、このふたりの内心が分かっているので苦笑い。むしろ何故気付かないんだとヤキモキしている刀剣男士もいるとかいないとか。

鶯丸はこういう時、のらりくらりと上手く躱せそう。というか、なんとなく、膝丸と仲良さそう。なんでだろう。

元の歌は酒を讃えるものなので、今回の話はちょっとずれるけれど、まあ、そういう場合もあるということで。


・1309

「風が吹いて海が荒れていても、明日はおさまるから待てといわれても、待ちきれません。すぐにあなたのお気持ちのままにしてください」

耐える男、みたび。と思いきや、とうとう我慢が利かなくなったようす。煽る審神者とそれに乗せられる刀剣男士の図。加筆された話その2。ちょっとだけ描写が多くなった、はず。

ちょっと色っぽい話が書きたくなった。歌そのものも、躊躇う男に女が誘いかけるものなので、審神者を積極的にしてみた。良い夜を!


・2372

「これほど恋に苦しむものだと知っていたら、遠くからこそ見るべきであったものを」

SSカードは審神者の独白。この歌でどうしても一編書いて収録したかったのだがなかなか書けず、結果、オマケカードのごくごく短文でお目見えとなった。

夜明け頃、手入れ部屋の中のワンシーン。こういう後悔を背負う人もいるのだとしたら、毎日生きた心地がしないだろう。


tenco

ひとりごとおきば

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